《解憂雜貨店》你選擇的,都是人生的必經之路

看慣了東野圭吾黑暗系作品,看到這一部《解憂雜貨店》著實驚豔不已,整篇充滿溫情治癒。


日文書信 | 《解憂雜貨店》你選擇的,都是人生的必經之路


三個迷失自我的少年,一天偷東西因汽車意外拋錨,倉皇逃到了一家早已關門的雜貨店內躲藏,後發現了這家雜貨店的奇怪現象。他們發現了超越時空的信箱,收到了數封從過去寄來的信件。


原來,這個雜貨店原來的主人浪矢爺爺,一直在為他人解答疑問,三個少年看到的信件,還有他們寄出的回信,都連接著過去和現在。


生命中的一次偶然交會,將如何演繹出截然不同的人生?


日文書信 | 《解憂雜貨店》你選擇的,都是人生的必經之路


這部作品給人無限溫暖和希望。


在這個物慾橫流的世界,悄無聲息的活著,每個人內心都有煩惱,有所流失。


但其實,當你沉下心認真詢問自己,答案就在你的心中。


BGM:渡邊俊幸 -森のテーマ


名無(なな)しの権兵衛(ごんべえ)様(さま)へ

致無名氏:

あなたが白紙(はくし)の手紙(てがみ)をくださった意味(いみ)を、爺(じい)なりに熟考(じゅっこう)いたしました。これは餘程(よほど)のことに違(ちが)いない、迂闊(うかつ)な回答は書(か)けないぞと思(おも)った次第(しだい)です。

我用老頭子的想法絞盡腦汁思索了你特地寄來一張白紙的理由。因為我覺得這一定是件很重要的事,不能隨隨便便地答覆。

耄碌(もうろく)しかけている頭(あたま)にむち打(う)って考(かんが)え抜(ぬ)いた結果(けっか)、これは地図(ちず)がないという意味(いみ)だなと解釈(かいしゃく)いたしました。

我用不中用的腦筋想了又想,最後理解為,這代表沒有地圖。

私(わたし)のところへ悩(なや)みの相談(そうだん)を持(も)ち込(こ)んでくる方(かた)を迷子(まいご)に喩(たと)えますと、多(おお)くの場合(ばあい)、地図(ちず)は持(も)っているが見(み)ようとしない、あるいは自分(じぶん)のいる位置(いち)がわからない、という狀態(じょうたい)です。

如果把來找我諮詢的人比喻成迷途的羔羊,通常他們手上都有地圖,卻沒有去看,或是不知道自己目前的位置。

でもおそらくあなたは、そのどちらでもないのですね。あなたの地図(ちず)は、まだ白紙(はくし)なのです。だから目的地(もくてきち)を決(き)めようにも、道(みち)がどこにあるかさえもわからないという狀況(じょうきょう)なのでしょう。

但我相信你不屬於任何一種情況。你的地圖是一張白紙,所以即使想決定目的地,也不知道路在哪裡。

地図(ちず)が白紙(はくし)では困(こま)って當然(とうぜん)です。誰(だれ)だって途方(とほう)に暮(く)れます。

地圖是一張白紙,這當然很傷腦筋。任何人都會不知所措。

だけど見方(みかた)を変(か)えてみてください。白紙(はくし)なのだから、どんな地図(ちず)だって描(えが)けます。全(すべ)てがあなた次第(しだい)なのです。何(なに)もかもは自由(じゆう)で、可能性(かのうせい)は無限(むげん)に広(ひろ)がっています。これは素晴(すば)らしいことです。どうか自分(じぶん)を信(しん)じて、その人生(じんせい)を悔(く)いなく燃(も)やし盡(つ)くされることを心(こころ)より祈(いの)っております。

可是換個角度來看,正因為是一張白紙,才可以隨心所欲地描繪地圖。一切全在你自己。對你來說,一切都是自由的,在你面前是無限的可能。這可是很棒的事啊。我衷心祈禱你可以相信自己,無悔地燃燒自己的人生。

悩(なや)み相談(そうだん)の回答(かいとう)を書(か)くことは、もうないだろうと思(おも)っておりました。最後(さいご)に素晴(すば)らしい難問(なんもん)をいただけたこと、感謝申(かんしゃもう)し上(あ)げます。

我以後應該不會再回答煩惱諮詢了。感謝你在最後問了一個很有價值的難題。

ナミヤ雑貨店(ざっかてん)

浪矢雜貨店


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